読みもの
一本のきゅうりにお名前と願いを託し、無病息災を祈るきゅうり加持。平等寺の作法とお申し込み、「加持」の教え、瓜を用いた古い記録をたどります。

2026年のきゅうり加持は終了しました
本年も多くの皆さまとともに、無病息災を祈りました。ご参座、お申し込みをいただき、ありがとうございました。
2027年7月21日(水・一の丑)、8月2日(月・二の丑)
2027年のきゅうり加持の日程は、決まり次第このページでお知らせします。


令和8年 夏土用
一本のきゅうりにお名前と願いを託し、薬師如来の御前で無病息災を祈ります。
2026年の受付は終了しました。無病息災の祈りは、毎月の護摩でもお受けしています。
きゅうり加持は、お名前と願いを託した一本のきゅうりを薬師如来の御前で加持し、無病息災を祈る法会です。きゅうりは、祈願する方(願主)の身代わりとなる依代として用い、最後は境内の土へ丁寧に納めます。「きゅうり封じ」とも呼ばれる祈りです。
夏の土用の丑の日前後を中心に、京都・徳島・山口・東京・岡山・静岡など、全国の寺院で勤められています。
病気平癒を願う方も、医師の診断・治療・服薬・日々の健康管理を続けながらお参りください。
願主がお名前と願いごとを申し込み、平等寺が専用の護符を用意します。
導師が本堂でお名前と願意を読み上げ、薬師如来の御前で印を結び、真言を誦して加持します。その後、独鈷杵できゅうりに穴を穿ち、願主の護符を納めます。
現地では、願主がきゅうりで身体の気がかりなところを三度撫でます。法会を終えたきゅうりは、現地・オンラインの分とも平等寺が境内の土へ丁寧に納めます。
きゅうりは、夏の土用に身近で、手に持って身体を撫でられる作物です。現在の作法がいつ、どのように成立したかを、文献だけで一つの起源へさかのぼることはできません。平等寺では、願いを託す一本の依代として大切に扱います。
一本ごとに願主の護符を納め、仏前で加持します。
現地では身体の気がかりなところを撫で、法会の後は境内の土へ丁寧に納めます。

土用の頃は、暑さと季節の変わり目が重なる時期です。きゅうりは夏に身近な旬の作物として、この季節の祈りに用いられます。
きゅうりを用いる理由には寺院ごとの伝承があります。平等寺では、願いを託す依代として大切に扱います。

加持とは、如来の大悲と私たちの信心が応じ合うことです。サンスクリット語の adhiṣṭhāna を漢訳した言葉で、「加」は仏の大悲が私たちの心に映ること、「持」は私たちの心がその働きを感じ取ることを表します。
以下の原典は、加持の教えと祈りを伝える資料です。お大師さまは『即身成仏義』で、加持を次のように説かれました。
加持者表如來大悲與衆生信心。佛日之影現衆生心水曰加。行者心水能感佛日名持。
日本語訳
加持とは、如来の大悲と衆生の信心とを表す。仏日(仏という太陽)の影が、衆生の心水(心の水面)に現れることを「加」と曰う。行者の心水が能く仏日を感ずることを「持」と名づく。
仏という太陽の光が、私たちの心の水面に映る。私たちは、その光を感じ取る。この双方の働きが「加持」です。きゅうり加持では、きゅうりを願主の身代わりとなる依代として加持します。
加持祈祷は、身・口・意の三密をもって修します。お大師さまは『即身成仏義』で、仏さまと私たちの身体・言葉・心の働きが相応し、互いに加持することを「三密加持」と説かれました。
まず、三密とそれぞれの所作を確かめます。そのうえで『即身成仏義』の「即身成仏頌(二頌八句)」を読むと、第三句の「三密加持速疾顕」が、八句のなかで何を示すのかが見えやすくなります。
| 三密 | 働き | 所作 |
|---|---|---|
| 身密 | 身体の働き | 印を結ぶ |
| 口密 | 言葉の働き | 真言を誦する |
| 意密 | 心の働き | 本尊を観想する |
六大無礙常瑜伽 四種曼荼各不離
三密加持速疾顯 重重帝網名即身
法然具足薩般若 心數心王過剎塵
各具五智無際智 圓鏡力故實覺智
現代語訳
地・水・火・風・空・識の六大は、互いに妨げ合わず、常に相応している。
四種の曼荼羅は、それぞれ離れることがない。
仏さまと私たちの三密が互いに加持し合うと、即身成仏の働きが速やかに顕れる。
それらが帝釈天の宝網のように重なり映し合うことを「即身」という。
仏の法身も衆生の本性も、本来、一切智をそなえている。
心の主体とその働きは、微塵の数を超えるほど無数にある。
その一つひとつが五智と限りない智慧をそなえ、
円かな鏡のようにすべてを映す力によって、真実に目覚める智慧となる。
第三句の 「三密加持速疾顕」 は、仏さまと私たちの三密が相応し、互いに加持することによって、即身成仏の働きが速やかに顕れると説きます。ここでいう「速疾」は、病気の治る速さや祈願の結果を保証する言葉ではありません。
身体・言葉・心の三つの働きが仏さまの三密と相応するとき、この身に仏さまの働きが顕れると説かれます。きゅうり加持では、僧が身・口・意の三密をもって、きゅうりという一つの依代を加持します。
『大日経』の注釈書である『大日経疏』は、如来の三密と行者の三密を「鏡と鏡中の像」にたとえます。
今此真言門中,以如來三密淨身為鏡,自身三密行為鏡中像,因縁有悉地生,猶如面像。
日本語訳
いま、この真言門のなかにおいては、如来の三密という清浄身を鏡となし、自身の三密の行を鏡中の像となす。因縁によって悉地(成就)が生ずることは、ちょうど顔と鏡像の関係のごとくである。
この「鏡と鏡中の像」の譬えは、行者の三密と如来の三密が因縁によって相応し、成就へ至る関係を示しています。きゅうり加持でも、僧が三密をもって、きゅうりという具体的な依代を加持します。
お大師さまは『即身成仏義』で、こう説かれました。
六大無礙にして常に瑜伽なり。
地・水・火・風・空・識の六大は、森羅万象を成り立たせる根本として説かれます。『即身成仏義』では、六大によって成る身が互いに妨げなく関わり、常に相応していることを「六大無礙にして常に瑜伽なり」と示します。
きゅうり加持では、一本のきゅうりを依代として加持します。ここに挙げた三密と六大の教えは加持祈祷全体の背景であり、きゅうりを依代とする作法そのものを直接説く典拠ではありません。
きゅうり加持は、各地の寺院で弘法大師伝来の祈りとして受け継がれています。ここから挙げるのは、その伝承を一つの年代記にする資料ではありません。唐代の瓜を用いる密教儀軌、お大師さまが明らかにされた加持の教え、鎌倉時代に記された瓜への加持の説話を、それぞれ性格の異なる背景資料として紹介します。
唐の都・長安で訳された密教の儀礼文献には、冬瓜や冬瓜の蔓を護摩の智火に供える作法が記されています。瓜類が密教儀礼の供物や護摩材として用いられた記録です。
唐の阿地瞿多(Atikūṭa)が永徽5年(654年)に訳した『陀羅尼集経』には、護摩の智火にさまざまな供物を捧げ、鬼神や天部を歓喜させる作法が並びます。その中に、冬瓜を少しずつ火中に供える一節があります。
又法,取具嚧陀木一千八段,一各呪已,呪一遍火中燒盡,一切鳩盤荼、藥叉等鬼神皆悉歡喜。
又法,若火燒冬瓜少少,一千八遍并呪者,一切魍魎皆悉歡喜。
又法,若取塚墓之樹木一千八段與胡麻相和,火燒一千八遍并呪者,一切大惡鬼神歡喜。
日本語訳
別の作法。具嚧陀木(原注に「菩提樹に似る木」とある)を千八段取り、それぞれ呪を誦したうえで、一遍ごとに火中に供えて焼き尽くす。そうすれば、鳩盤荼・薬叉などの鬼神はみな歓喜する。
別の作法。冬瓜を少しずつ火中に供え、呪とともに千八遍行えば、魍魎はみな歓喜する。
別の作法。墓地の樹木を千八段取り、胡麻と合わせ、呪とともに千八遍火中に供えれば、すべての大悪鬼神は歓喜する。
冬瓜を護摩の智火に供え、呪を千八遍重ねると、魍魎が歓喜すると説かれています。冬瓜は、この作法で用いる供物の一つです。
唐の不空三蔵(Amoghavajra、705〜774)が訳した『聖迦抳忿怒金剛童子菩薩成就儀軌経』には、鳩盤茶鬼を降伏するため、冬瓜の蔓藤を護摩に用いる作法が説かれています。
又法欲降伏鳩盤茶鬼,取冬瓜蔓藤長十指截一千八莖,搵酥護摩,誦真言一千八遍,一遍一擲火中,其鬼即皆降伏。
日本語訳
また、鳩盤茶鬼を降伏させようとする作法。冬瓜の蔓藤を十指ほどの長さに切り、千八茎を用意する。これを酥(乳脂、護摩ではギーなど)に浸して護摩を修し、真言を千八遍誦する。一遍ごとに一茎を火中に投じれば、その鬼はみな降伏する。
ここで火中に投じられるのは、冬瓜の実ではなく蔓藤です。前の資料では実、この資料では蔓を用います。後世のきゅうり加持と比較できるのは、瓜類を密教儀礼の供物や護摩材に用いるという点です。
鳩盤荼・鳩盤茶について、慧琳『一切経音義』には「冬瓜鬼」「顔が冬瓜に似る、あるいは腹が冬瓜に似る」と説明する項目もあります。冬瓜が鬼神名の語釈にも現れることが分かります。
きゅうり加持では、きゅうりに病や災いを託し、最後に土へ納めます。唐代の冬瓜を用いる護摩とは時代も目的も作法も異なり、現在の法会へ直接つながる資料ではありません。ここから確認できるのは、瓜類を密教儀礼に用いた古い記録があることです。
典拠:『大正新脩大蔵経』第18巻 No.901『陀羅尼集経』巻第十 0873c01-c08(阿地瞿多訳)、同 第21巻 No.1222a『聖迦抳忿怒金剛童子菩薩成就儀軌経』巻中 0112c26-c28(不空訳)、および第54巻 No.2128『一切経音義』の鳩盤荼関連項。テキストは中華電子佛典協會(CBETA)所収。
お大師さま(774〜835)は、延暦23年(804年)から大同元年(806年)にかけて唐に渡り、長安・青龍寺の恵果阿闍梨から両部の灌頂を受け、密教の正系を日本に将来しました。帰朝後、『即身成仏義』などの著作を通して「加持」と「三密加持」の教えを明らかにされました(くわしくは「加持」とは何か)。また、お大師さまの『御請来目録』には、前に見た冬瓜の蔓藤を用いる作法を含む『聖迦抳忿怒金剛童子菩薩成就儀軌経』三巻の書名が記されています。
『御請来目録』への収載は、お大師さまとこの経軌との文献上の接点を示します。ただし、現在のきゅうり加持がこの作法から直接成立したことや、作法が連続して伝わったことを証明するものではありません。典拠:『大正新脩大蔵経』第55巻 No.2161『御請来目録』、同 第77巻 No.2428『即身成仏義』、同 第39巻 No.1796『大日経疏』巻五。
鎌倉末の虎関師錬(1278〜1346)が撰した日本仏教史『元亨釈書』巻第四「慧解二之三」釋勸修伝に、興味深い逸話が伝わります。藤原道長(966〜1028)のもとに夏の瓜が届けられ、道長から厚く帰依を受けていた勸修(945〜1008、天台宗・園城寺長吏)、陰陽師・天文博士の安倍晴明(921〜1005)、医師の丹波重雅(946〜1011)が居合わせた、その折のお話です。
術家白藤府言。某日家內有恠。
至期相國閉門謝客。晡時有叩者。問之對曰。和州之瓜使也。
開門納之。于時修在座。大史安晴明。大毉重雅預焉。
相國顧安大史曰。家裏有齋祓。不知此瓜可嘗不。
晴明曰。瓜中有毒不可輙啖也。
相國語修曰。許多瓜子何為毒乎。
修誦呪加持。忽一瓜宛轉騰躍。一座驚恠。
重雅乃袖出一針針瓜。其動便止。割見中有毒蛇針中其眼。
蓋術家之言是也。都下嘆三子之精其術矣。
日本語訳
術者が藤原道長の邸に「ある日、家中に怪異が起こる」と告げた。その日になると道長は門を閉じ、客を断った。夕方、門をたたく者があり、尋ねると大和国から瓜を届ける使いだという。
門を開いて瓜を納めさせた。その時、修(勸修)が座におり、太史(天文博士の唐名)の安倍晴明、大医(典薬寮の医師)の丹波重雅も同席していた。
相国(道長)は晴明を顧みて言った。「家中で齋祓を行ったところだが、この瓜は食べてもよいだろうか」。晴明は「瓜の中に毒があります。たやすく食べてはなりません」と答えた。
道長は勸修に「これほど多くの瓜のうち、何が毒となろうか」と問うた。
勸修が呪を誦して加持すると、一個の瓜がにわかに転がり跳ね上がり、一座は驚いた。
重雅が袖から針を出して瓜を刺すと、その動きは止まった。割ってみると中に毒蛇がおり、針はその眼を貫いていた。術者の言葉どおりであった。都の人々は、三人がそれぞれの術に精通していることを称賛した。
この説話では、僧の誦む呪と加持によって瓜が動き出し、医師の針によって中の毒蛇が見いだされます。瓜と加持が結びついて語られた、日本の古い例として引いています。
典拠:虎関師錬撰『元亨釈書』巻第四「慧解二之三」釋勸修伝。類話は『古今著聞集』巻第七「術道第九」第295話にも伝わります。
唐代の冬瓜護摩と、瓜に加持する日本の説話は、瓜と密教儀礼が結びついた背景を伝えます。ただし、これらの資料だけで、現在のきゅうり加持までの歩みを連続してたどることはできません。
きゅうりを身代わりとして病や災いを託し、仏前で加持して土へ還す作法が、いつ、どのように各地へ広がったのか。成立過程には未詳の部分が残ります。
現在、きゅうり加持は日本各地の寺院で勤められ、オンラインで申し込める寺院もあります。平等寺の法会とお申し込みは平等寺のきゅうり加持、各地の実施寺院は全国のきゅうり加持 実施寺院一覧をご覧ください。
きゅうり加持には、太平洋を越えてハワイの日系コミュニティへ伝わった記録があります。
1885年以降、多くの日本人がハワイへ渡り、新しい土地で故郷から携えた仏教行事や信仰の集まりを受け継ぎました。きゅうり加持の記録も、その歩みの中にあります。
守屋友江氏は「戦前のハワイにおける日系仏教教団の諸相」で、弘法大師信仰の集まりである大師講を在家信者の宗教組織として紹介し、その俗人リーダーが祈祷行為として主に病気直しを行ったと記しています。これは戦前の大師講についての記述であり、現在のきゅうり加持の医療上の効果を示すものではありません。

2022年には、ハワイの二つの真言宗寺院できゅうり加持が行われた記録を確認できます。
カウアイ島のワイメア真言寺では、2022年7月に「kyuri kaji, or cucumber blessing」が行われました。ハワイ島ホノムのホノム遍照寺でも、同年7月17日の月例大師講に「Kyuri Kaji Blessing」が掲げられています。これらは2022年の実施記録であり、2026年の開催予定を示すものではありません。
参照:The Garden Island(2022年7月15日)およびホノム遍照寺の2022年7月行事記録。
暑さで体調を崩しやすい夏土用に、土へ厄を還す作法として、無病息災を祈るためです。
各地の寺院に、弘法大師伝来の祈りとして受け継がれているためです。平等寺もこの寺院伝承を大切にし、三密加持の教えにもとづく加持祈祷としてお勤めしています。本文では、寺院に伝わる由来と、瓜・加持について文献から確認できる記録を分けて紹介します。
本文で参照した主な原典と研究資料を、分野ごとにまとめます。
本ページでは、弘法大師伝来のきゅうり加持をお伝えするため、以上の原典・研究資料を背景資料として参照しています。文献・寺院伝承・民俗資料の関係は、本文中でできるだけ分けて記しています。
令和8年 夏土用
一本のきゅうりにお名前と願いを託し、薬師如来の御前で無病息災を祈ります。
2026年の受付は終了しました。無病息災の祈りは、毎月の護摩でもお受けしています。