経軌の言葉(化身・書き下し)
- 日本語訳
- 不動とは、本仏である毘盧遮那仏(大日如来)の化身である。ひとたびその秘密の真言を保てば、生まれ変わるたびに世の人を加護してくださる。
- 原文
不動とは、本仏 毘盧遮那仏の化身なり。一たび秘密の呪を持ちて後は、生生に世間の人を加護したまう。
- 解説
- 本仏である毘盧遮那仏は、大日如来のこと。ひとたび結んだご縁を、生まれ変わりの果てまで持ちつづけてくださるという誓いです。
- 出典
- 『勝軍不動明王四十八使者秘密成就儀軌』(大正蔵 No.1205)
怒りの相に、大悲を宿す

きびしい表情の奥にあるのは、わが子を見るような慈しみ。お不動さまは、救うために怒りの相をとる仏さまです。
不動明王(お不動さま)は、厄除け・災難除けの祈りの本尊として、日本でもっとも親しまれてきた明王です。平等寺でも、毎月28日の夜、お不動さまの御前で不動の護摩(炉に智火を燈して祈る密教の修法)を修しています。
明王とは、穏やかな説法だけでは教えに従いにくい者を、あえてきびしい姿で導く尊の総称です。その中心にいるのが不動明王。密教では、大日如来の教えを実行する教令輪身として、不動明王を位置づけます。別々の尊名と姿をもちながら、大日如来の救いのはたらきを忿怒の相で示す尊です。
お不動さまは常に火焔のなかに住し、その火で煩悩(人を苦しめる心の迷い)と一切の障りを焼き尽くします。右手の利剣で迷いを断ち、左手の羂索(なわ)で迷う者を引き寄せて、さとりへと導く。磐石のうえに揺るがず坐す姿は、何ものにも動じない定(深く静まった心の集中)をあらわします。
梵語ではアチャラナータ(Acalanātha)。「動かざる尊」という意味で、「聖無動尊」とも呼ばれます。
大日如来の命を受け、忿怒の姿で教えを行きわたらせる身を、教令輪身といいます。お不動さまは、その代表です。
お不動さまを大日如来の化身と説く経軌(経典と、修法の細目を定めた儀軌)のひとつが、『勝軍不動明王四十八使者秘密成就儀軌』です。この文献は不空・遍智の撰と伝えられ、ひとたび真言でご縁を結んだ人を、生まれ変わるたびに護る、と説きます。
不動とは、本仏 毘盧遮那仏の化身なり。一たび秘密の呪を持ちて後は、生生に世間の人を加護したまう。
同じ経軌は、お不動さまの四つの誓い(四弘願)を説きます。「我が身を見る者は菩提心を発し、我が名を聞く者は悪を断ち善を修し、我が説を聞く者は大智慧を得、我が心を知る者は即身に成仏する」。これは、この経軌が伝える本誓です。忿怒の姿の奥にあるのは、人を仏へ導こうとする大悲です。
お不動さまのお姿は、経軌に細かく説かれています。一筋の弁髪(編んだ髪)を左に垂らし、片目を眇に細め、右手に鋭い剣を執り、左手に羂索を持ち、磐石のうえに坐す。日本では、この目を右眼で天を、左眼で地を見ひらく「天地眼」の形にあらわすお像が広まり、身の色は青黒く表すのが通例となりました。
煩悩を断ち切る智慧の利剣。剣はお不動さまの本誓を象徴する形(三昧耶形。さんまやぎょう)とされ、修法の観想では、種子カーンの一字が猛利の智剣に変じ、その剣がお不動さまに変わると観じます。剣と羂索を一対に見て、剣を煩悩を断つ智、なわを断たれる煩悩とし、二つで理と智の不二をあらわすと読む抄物もあります。龍が剣にからみつく倶利伽羅剣の姿も、日本で古くから伝えられてきました。
迷う者をしばり取り、引き寄せて救い上げるなわ。
何ものにも揺るがない、不動の心をあらわす座。
煩悩を焼き尽くす智火。身から智火を放つ禅定を火生三昧といい、その炎は、龍を食らうと伝わる大鳥 迦楼羅の形をした迦楼羅炎に描かれます。
弁髪・牙といった細かな約束ごとは、経軌をもとに日本で「不動十九観」という見方に整えられました。その全文は、10世紀の石山寺の学僧 淳祐が集めた『要尊道場観』にすでに見え、第一条は「此の尊は大日如来の化身」です。12世紀末の興然は、『五十卷鈔』にこれを「石山道場観に云く」と明記して全条引き、条ごとに『底哩経』や『大日経疏』のどこが典拠かを注記しました。そのうえで、典拠を勘え得ない条が残ると自ら断っています。事相書(修法の実際を記した書)によって字句に異同があり、口伝とともに写し伝えられてきました。従順な矜羯羅と荒々しい制吒迦の二童子を従える不動三尊も、広く造られました。
護摩は、炉に智火を燈し、護摩木と供物をささげて祈りを仏に届ける修法です。『大日経』は外護摩と内護摩を説き、また別の箇所では、仏の智慧が迷いを滅するはたらきを火にたとえます。ここで引くのは、金剛手菩薩が仏に向かって語る、その譬えです。
譬えば火界の一切の薪を焼いて厭足無きが如く、是くの如く一切智智は、一切の無智の薪を焼いて厭足無し。
この一節は護摩の起源を直接説明する文ではなく、仏の智慧を火にたとえた教えです。『大日経』が説く内外二種の護摩と、この智火の譬えとが密教の実践のなかで重なり、不動護摩では、お不動さまの智慧によって煩悩と障りを焼くと観じます。経軌は、この火を世間の火と出世間の火に分けます。人の善い心を焼いてしまう三毒の煩悩も、万物を育てる炎も世間の火。迷いを焼き尽くす智火が、出世間の火です。平安期の次第書はさらに、行者みずから火生三昧に入り、お不動さまと一体になって修すと伝えています(『要尊道場観』)。
お不動さまの智火は、災厄と障りを焼き、行者を昼夜に守り、その願いを成就へ導くと説かれます。
そのまなざしについて、経軌は讃(仏をほめたたえる偈文)のなかでこう歌います。
無辺の相好海、方便もて此の身を現じ、嗔怒の相に変現したまう。故に我れ稽首して礼したてまつる。慈眼をもって衆生を視ること、平等にして一子の如し。
智火が、外からの災いと内なる煩悩をともに焼き払うと説かれます。息災(災いを除くこと)と厄除けの祈りに、深く結びついてきた仏です。
魔と障りを退け、迷う者を引き寄せて、願いを成就させる。それがお不動さまの本願です。
経軌(『底哩三昧耶不動尊聖者念誦秘密法』)は「不動とは、真浄菩提の心(まっすぐにさとりへ向かう心)」とも説きます。外の出来事にも、内の煩悩にも揺り動かされない心。その名のとおりの据わった心が、お不動さまからいただく手本です。
日本の真言密教で広く知られる配置が、五大明王です。お不動さまを中央(中尊)に、貪り・怒り・愚かさの三毒を降す降三世、もろもろの障りを除く軍荼利、怨敵や悪を打ち伏せる大威徳、魔を打ち砕く金剛夜叉の四尊が、四方を固めます。明王の組み合わせや方位には流儀・典籍による異同がありますが、これは日本で代表的な一例です。平安の都では、この五尊を五つの壇にまつって息災や安穏を祈る五壇法も、権門の発願で盛んに修されました。
『大日経』は、曼荼羅の描き方を定めるくだりで、大日如来の下、西南の方角にお不動さまの座を置きます。息災の修法の本尊として、お不動さまは密教の修法体系の中心に据えられてきました。
のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
namaḥ samanta-vajrāṇāṃ caṇḍa-mahāroṣaṇa sphoṭaya hūṃ traṭ hāṃ māṃ
「あまねき金剛尊に帰命したてまつる。暴悪なる大忿怒尊よ、障りを打ち砕きたまえ」と祈る真言です。『勝軍不動明王四十八使者秘密成就儀軌』に「慈救」の名で説かれる中呪で、お不動さまの真言としてもっとも広くとなえられます。平安期からの次第書も、修法の中心にあたる正念誦(しょうねんじゅ)にこの呪を用いると定めており(『諸尊要抄』)、一字一字を身に布いてお不動さまと一つになる観法とともに伝えられてきました。
のうまく さんまんだ ばざらだん かん
namaḥ samanta-vajrāṇāṃ hāṃ
種子(しゅじ。仏を一字であらわす梵字)「カーン(hāṃ)」を中心とする、もっとも短い真言です。なお、より長い火界呪(大呪)は流派によって字句が異なるため、修法をつとめる僧侶の側では、所属の流派が伝える次第(しだい。修法の手順書)にしたがいます。10世紀の『要尊道場観』も、根本印とともにこの大呪を伝えています。
お不動さまは、現世利益の祈りの本尊として、日本でもっとも親しまれた明王です。
四国八十八ヶ所第二十二番札所、高野山真言宗の平等寺は、不動信仰があつく、毎月28日の夜に不動護摩を修しています。28日はお不動さまの縁日です。
平等寺のお不動さまは、江戸期の作と伝わる寄木造の坐像です。右手に利剣、左手に羂索を執り、天地眼と牙をあらわした、忿怒のお姿です。
焼八千枚供(八千枚の護摩木をささげる大きな護摩)も、お不動さまを本尊とする大法として修しています。八千枚の護摩は、12世紀の事相書『諸尊要抄』が「八千枚乳木を焼く事」として次第を定め、興然の『五十卷鈔』も同じ次第を伝える、不動法の大行の系譜に連なるものです。中世の東寺で不動の別法として伝え習ったのは、この八千枚と虚空蔵求聞持(虚空蔵菩薩の真言を百万遍となえる行)の二つだけだったと、『祕鈔口决』は口伝を記します。
その本旨は息災にあります。月例の不動護摩は、その信仰の日常の要です。
厄除け・災難除け・息災延命。災いを断ち身を護る祈りを、護摩の智火にのせてお祈りしています。険しいお顔は、人を退けるためではありません。迷いを断ってでも救うという大悲を、平等寺では毎月の護摩に受け継いでいます。参列やお申し込みの流れは、下のリンク先で詳しくご案内しています。オンラインでもお参りいただけます。

平等寺では、五尊の月例護摩をオンラインで受け付けています。願いごとに近い仏さまを選び、申込画面で内容を確かめられます。
本記事は、次の原典と資料にもとづいて、高野山真言宗 平等寺 住職 谷口真梁(たにぐち しんりょう)が記しました。漢訳の経軌・論疏と真言宗の事相書は、大正新脩大藏經(CBETA。空海の撰述と事相書は SAT 大正蔵テキストデータベース)および『真言宗全書』の本文から確認しています。「No.」は大正新脩大藏經の経・論番号です。訳者・成立については、各テキストの題号と訳者表記(CBETA 底本)にもとづきます。研究論文には、J-Stage で全文公開されているものにリンクを付しました。
不動明王と平等寺の祈りを、さらに知るための記事です。